結論から言うと、男性育休を取らせただけで申請できると思っているスタートアップが多すぎる。
令和8年度、出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)は300人以下のすべての企業に対象が拡大された。「男性社員が産後パパ育休を取ったから助成金を申請しよう」と連絡が来たとき、私は必ず3つのことを確認する。研修の記録があるか。就業規則の申出期限は何日か。育休はいつ終わったか。この3点で、申請の可否がほぼ決まるからだ。
スタートアップでよくあるのが、育休取得後に「そういえば助成金があったらしい」と社労士に電話してくるパターン。そのタイミングではもう間に合わない。2026年9月時点、私のクライアントで出生時両立支援コースの申請に至ったのは育休取得者の6割強にとどまる。残り4割は3つのうちいずれかの理由で弾かれている。
出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)第1種とは
男性労働者が子の出生後8週間以内に産後パパ育休(出生時育児休業)を取得した場合に、企業に支給される助成金だ。令和8年度の主な要件を整理する。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 常時雇用する労働者が300人以下の事業主(令和8年度から拡大) |
| 育休取得要件 | 子の出生後8週間以内に産後パパ育休を連続5日以上取得 |
| 基本支給額 | 20万円(中小企業。大企業は10万円) |
| 雇用環境整備措置 | 2つ以上の措置を実施(申出期限2週間超の場合は3つ以上) |
| 申請期限 | 育休終了日の翌日から2ヶ月以内 |
育休中等業務代替支援コースとの併用で、1人の男性育休あたり最大130万円超の助成金設計が可能になる(詳細は後述)。
パターン1:雇用環境整備措置の「研修実施記録」が残っていない
雇用環境整備措置として「研修の実施」を選んだ場合、単に研修を実施するだけでは不十分だ。出席簿、配布資料、実施者(講師)の記録の3点セットが必要になる。
スタートアップでよくあるのが、Slackに「男性育休について書かれた記事を共有」しただけで研修扱いにしてしまうケース。あるいは、月次全体会議の中で「育休を取りやすい会社にしたい」と口頭で話した社長の発言を研修と称するパターン。これらはいずれも記録が残らず、審査で弾かれる。
2026年8月、シリーズAのSaaS企業から「半年前に全社MTGで育休の説明をして、その3ヶ月後に男性社員が育休を取った。助成金を申請したい」と連絡が来た。確認すると、出席簿も資料も一切なし。研修の実施者も「社長が口頭で話した」だけ。残念ながら雇用環境整備措置の要件を満たせず、申請断念になった。
防止策:雇用環境整備措置の記録テンプレートを事前に整備する
研修を実施する際は必ず以下を残す:
- 出席簿(全員の署名または押印)
- 資料(印刷物またはPDFで保存)
- 実施者名・実施日時・場所
- 研修内容の概要記録
制度を先に整えてから育休取得が発生するのを待つ、という発想を持てるかどうかが全てだ。男性社員の入社が決まった段階、あるいは毎年4月の就業規則更新のタイミングで記録テンプレートを整備しておくことを勧めている。
パターン2:就業規則の申出期限が「2週間超」なのに整備措置を2つしか実施していない
産後パパ育休(出生時育児休業)の申出期限は、原則として育休開始の2週間前までだ。ただし、就業規則で申出期限を2週間より前に設定している企業(例:「1ヶ月前まで」「3週間前まで」)は、雇用環境整備措置を3つ以上実施しなければならない。
ここで多くのスタートアップが詰まる。
就業規則のテンプレートで「1ヶ月前までに申し出ること」と書かれたまま放置しているスタートアップは、気づかぬうちに「整備措置3つ以上」の適用を受けている。2つしか実施していなければ、不支給だ。
「申出期限を法定の2週間に変えれば整備措置が2つで済む」という議論もある。ただし注意が必要で、就業規則の変更は不利益変更に当たらない形で行う必要があり、運用実態との整合性も求められる。変更が必要な場合は社労士に相談の上で進めること。
対策:申出期限と整備措置数の確認フロー
- 就業規則の産後パパ育休欄の申出期限を確認
- 2週間以内なら整備措置は2つ以上でOK
- 2週間超なら整備措置は3つ以上が必須
- 実施済みの整備措置の記録を全件確認
雇用環境整備措置として選べる主な選択肢は以下の通り:
- ①研修の実施
- ②相談窓口の設置
- ③育休取得事例の収集・提供
- ④育休取得促進の方針を就業規則等に定め周知
- ⑤育休取得計画の作成・周知
スタートアップなら①②の2点セットが最もシンプルだ。申出期限が2週間超なら、③か④を追加する。ただしどれも「記録」がなければ意味がないので、パターン1と合わせて徹底した記録管理を。
パターン3:申請期限の起算日を「育休開始日」から数えてしまう
出生時両立支援コースの申請期限は「育休終了日の翌日から2ヶ月以内」だ。育休開始日ではない。
産後パパ育休を2週間取得した男性社員がいたとして、育休終了の翌日から2ヶ月以内に申請しなければならない。「育休が終わってから2ヶ月あるなら余裕じゃないか」と思われるかもしれないが、バックオフィスが経理と労務を兼務しているスタートアップでは、気づいたら期限を過ぎていたというケースが頻発する。
以前、私のクライアントで期限超過の不支給が発生した際、原因を聞くと「育休開始から2ヶ月以内だと思っていた」という返答だった。育休が14日間だった場合、開始日基準と終了日基準では約2週間のズレが生じる。たったそれだけのズレで、20万円を取り逃す。
さらに複雑なのが、産後パパ育休のあとに通常の育児休業を連続して取得するケース。この場合、出生時両立支援コース(第1種)の申請期限は「産後パパ育休の終了日」ではなく、連続育休が完全に終了した日(通常育休の終了日)の翌日から2ヶ月以内となる。社労士と確認せずに早めに申請してしまい「まだ申請できません」と返ってくるパターンも実際に起きている。
防止策:Slackの社労士チャンネルで申請スケジュールを育休発生と同時に設定
育休取得が決まった段階で、Slackの社労士チャンネルに以下を即時共有する運用を全クライアントに展開している:
- 育休取得者氏名
- 産後パパ育休の開始予定日・終了予定日
- 通常育休の取得予定の有無と期間
- 過去に雇用環境整備措置を実施した記録の保管場所
この情報があれば、申請期限を自動的にカレンダーに入れ、申請漏れを構造的にゼロにできる。
逆算スケジュール:3ステップで出生時両立支援コースを確実に取る
| 時期 | やること |
|---|---|
| 平時(育休発生前) | 就業規則の申出期限確認・雇用環境整備措置の実施と記録テンプレート整備 |
| 育休取得決定時 | Slack社労士チャンネルに即時共有・申請期限カレンダー設定・代替業務体制の検討開始 |
| 育休終了後 | 育休終了日の翌日から2ヶ月以内に申請書類提出・育休代替支援コースと同時申請 |
育休中等業務代替支援コースとの併用で最大化する
出生時両立支援コース(第1種)の基本支給額は20万円だが、育休中等業務代替支援コースとの併用設計でこれを大幅に上回ることができる。
育休中等業務代替支援コースは、育休取得者の業務を代替した社員への手当支給(最大125万円)または新規・派遣での代替要員確保(最大81万円)に対して支給される助成金だ。産後パパ育休に限らず、通常育休でも適用できる。
1人の男性育休あたりの試算(手当支給等の場合):
- 出生時両立支援コース(第1種):20万円
- 育休中等業務代替支援コース(手当支給等):最大125万円
- 合計:最大145万円以上
ただし、育休代替支援コースにも就業規則の職務定義や派遣契約開始時期などの要件があり、「申請の仕組みが育休系とは異なる」点で失敗するスタートアップが多い。両コースの要件を同時に整備する設計を、入社時から組み込んでおくことが理想だ。
よくある質問(FAQ)
Q1. 産後パパ育休のあとに通常育休を連続取得した場合、出生時両立支援コースの申請はいつすればいい?
産後パパ育休と通常育休を連続して取得している場合、出生時両立支援コース(第1種)の申請は連続育休全体が終了してから行います。「産後パパ育休だけが終わったタイミング」ではまだ申請できないことに注意してください。育休終了日の翌日から2ヶ月以内が期限です。
Q2. 雇用環境整備措置の「相談窓口の設置」は、専用の部屋や担当者が必要ですか?
専用の物理的な部屋は不要です。「育休に関する相談はXXに連絡ください」という社内周知と、担当者の氏名・連絡先の記録があれば認められるケースが多いです。ただし、周知した記録(メール・Slackのスクリーンショット等)は必ず保管してください。
Q3. 育休中等業務代替支援コースと出生時両立支援コースは同一の育休で併用できますか?
はい、併用可能です。ただし、育休等支援コース(育休取得時)と出生時両立支援コースは同一の育休に対しては原則として選択適用です。混同しないよう、申請コースの整理を社労士と事前に確認してください。
Q4. 令和8年度から300人以下の企業に拡大されたとのことだが、101〜300人の企業は今すぐ申請できますか?
令和8年度の改正内容に基づく要件拡大については、実際の公募開始日・対象規模の詳細を厚生労働省の最新の支給要領で確認してください。規模要件が緩和されたタイミングより前に取得した育休は対象外になる場合があります。
Q5. 雇用環境整備措置を実施済みだが、記録が残っていない場合に後から再整備できますか?
実施当時の記録の再現は困難です。出席した社員の証言などで補完を試みるケースもありますが、審査通過の保証はありません。過去の整備については現時点でできる限りの証拠を収集しつつ、今後の整備については必ず事前に記録体制を整えることが最善です。
まとめ:3パターンの根本は「育休発生後に動く」文化にある
出生時両立支援コースで不支給になる3パターンに共通しているのは、育休が発生してから動き始めていることだ。
研修記録は育休発生前に作る。就業規則の申出期限と整備措置数の整合性は平時に確認する。申請期限は育休取得決定日にカレンダーに入れる。この3点を仕組み化すれば、不支給はほぼゼロにできる。
制度を先に整えてから、育休取得を迎える。男性育休が社会的に推進されている今、スタートアップこそこの設計を早めに組み込む価値がある。助成金は副産物として付いてくる。
参考文献
- 厚生労働省「令和8年度 両立支援等助成金のご案内(出生時両立支援コース)」(2026年)
- 厚生労働省「産後パパ育休(出生時育児休業)の支給要領」(2026年)
- 育児・介護休業法(令和6年改正・令和7年4月・10月施行分)






