結論から言うと、業務改善助成金はスタートアップにとって非常に使いやすい助成金です。設備投資の最大4/5が助成され、上限600万円。ただし令和8年度の改正で要件が変わったことで、「去年通ったのに今年は通らない」という相談が増えています。
私のクライアントでも、シリーズAのSaaS企業が申請直前に要件を満たしていないことが判明して慌てたケースがありました。原因はほぼ全て「事業場内最低賃金」の計算ミスです。
令和8年度の業務改善助成金、何が変わった?
まず押さえておきたい変更点を整理します。
コース再編:30円コースが廃止、50円スタートに
令和7年度までは「30円・45円・60円・90円」の4コースでしたが、令和8年度からは「50円・70円・90円」の3コースに再編されました。つまり、最低でも時給50円以上の引き上げが必要です。
スタートアップでよくあるのが、「30円だけ上げて設備投資の助成を取ろう」という最小コストの発想。これが令和8年度からは使えなくなりました。
申請期間が9月〜11月末に限定
令和8年度からは申請受付が9月1日開始、締切は「地域別最低賃金の発効日前日」または「11月30日」のいずれか早い方です。通年申請ではなくなったため、準備は夏前から始める必要があります。
助成率の基準が「1,050円」に
事業場内最低賃金が1,050円未満なら助成率4/5、1,050円以上なら3/4。予算も前年度の15億円から35億円に倍増しており、国としても積極的に活用させたい制度です。
スタートアップが間違える「事業場内最低賃金」の計算ミス5パターン
制度を先に整えてから申請する――これが鉄則です。ところが、スタートアップは人事制度が整っていないがゆえに、そもそも「事業場内最低賃金」の算出を間違えるケースが後を絶ちません。
パターン1:固定残業代を含めて計算してしまう
事業場内最低賃金は基本給と諸手当のみで算出します。固定残業代(みなし残業代)は除外です。スタートアップの求人票では「月給30万円(固定残業40時間分含む)」のような記載が一般的ですが、固定残業代を除いた基本給ベースで時給換算すると、意外と低い金額になることがあります。
計算してみたら事業場内最低賃金が1,000円を切っていた、というケースは珍しくありません。
パターン2:業務委託メンバーを除外し忘れる(逆のミス)
業務改善助成金の対象は雇用保険に加入している労働者です。業務委託のフリーランスは対象外。ところが、スタートアップでは正社員・業務委託・インターンが混在しており、「誰が対象で誰が対象外か」の線引きが曖昧なまま申請書を書いてしまうケースがあります。
逆に、週20時間以上働くパートタイマーを計算から漏らして、実際の事業場内最低賃金より高く見積もってしまう失敗もあります。
パターン3:通勤手当を算入してしまう
事業場内最低賃金の計算では、通勤手当・家族手当・臨時の賃金・賞与は除外します。これは最低賃金法の算定ルールと同じですが、スタートアップの給与テーブルは「基本給+一律手当」のようにシンプルな構成が多く、何が除外対象なのか判別しにくい。
朝のヨガを終えてSlackを開いたら、クライアントから「通勤手当込みで計算してました」と連絡が来ていたことがあります。申請直前に気づいたからよかったものの、提出後だったら不支給確定でした。
パターン4:「地域別最低賃金+50円以内」の要件を見落とす
業務改善助成金には大前提があります。それは、事業場内最低賃金が「地域別最低賃金」に近い水準であること。具体的には、令和8年度の地域別最低賃金未満の事業場が対象です。
東京都の場合、令和7年度の地域別最低賃金は1,163円。スタートアップは「うちは最低賃金以上払っている」と思い込んでいますが、前述のパターン1のように固定残業代を除くと要件を満たすケースがあります。逆に、全員の時給が1,300円以上なら対象外です。
パターン5:賃上げ後の採用コストを想定していない
業務改善助成金で賃金を引き上げると、その後に採用する従業員もその水準以上の賃金で雇用する必要があります。これは助成金の要件というより、就業規則の整合性の問題です。
以前、シリーズBのSaaS企業から「キャリアアップ助成金を狙いたい」と相談を受けて就業規則を3週間で整備し、結果的に1,500万円の採択につながったことがあります。そのとき痛感したのは、助成金は副産物であって、本来の目的は人事制度を整えることだ、ということ。業務改善助成金でも同じです。賃上げ後の採用コスト増を織り込んだ人件費シミュレーションなしに申請するのは、IPO審査で説明できない人事制度を作るのと同じリスクがあります。
令和8年度の申請スケジュール:夏前に動かないと間に合わない
令和8年度のスケジュール感を整理すると、以下の流れになります。
- 5〜7月:事業場内最低賃金の確認、設備投資計画の策定、見積取得
- 8月:申請書類の準備(事業場内最低賃金の根拠資料、見積書、事業計画)
- 9月1日〜:申請受付開始
- 交付決定後:設備導入・賃上げ実施
- 実施後:実績報告書の提出
絶対にやってはいけないのが、交付決定前の設備導入です。「先に買っておいて後から申請」は不支給の最大原因。これはものづくり補助金などと同じルールですが、スピード重視のスタートアップほど「先に動いて後から手続き」をやりがちです。
スタートアップが業務改善助成金を活用すべき3つの理由
注意点ばかり並べましたが、制度自体はスタートアップと相性がいい助成金です。
1. 設備投資の自己負担を大幅に圧縮できる
POSレジ、勤怠管理システム、業務用ソフトウェアなど、スタートアップが導入するIT系設備の多くが対象です。助成率4/5なら、100万円の設備が実質20万円で導入できます。
2. 賃上げと生産性向上を同時に実現する設計になっている
助成金の趣旨が「賃上げ+生産性向上」なので、人件費増と設備投資を同時に正当化できます。これはIPO準備中の企業にとって、投資家への説明材料にもなります。
3. 予算が倍増し、採択率が上がる可能性
令和8年度は予算が35億円に倍増。申請期間が限定されたことで駆け込み需要が集中するリスクはありますが、全体としては採択の間口が広がっています。
FAQ
Q1. 業務改善助成金とキャリアアップ助成金は同時に申請できますか?
はい、併用可能です。ただし、同じ設備費用を二重に申請することはできません。業務改善助成金は設備投資、キャリアアップ助成金は正社員転換と、目的が異なるため、対象経費が重複しなければ同時活用が可能です。
Q2. リモートワーク用のPC購入は対象になりますか?
原則として、PCやスマートフォンなどの汎用性の高い機器は対象外です。ただし、「特例事業者」に該当する場合(事業場内最低賃金1,050円未満、または利益率が3%ポイント以上低下)は、PCも助成対象になります。
Q3. 創業1年目でも申請できますか?
雇用保険適用事業所であれば創業年数の制限はありません。ただし、事業場内最低賃金を証明するための賃金台帳が必要なため、最低でも1ヶ月以上の賃金支払い実績が必要です。
Q4. 令和8年度から「事業主単位の年間上限ルール」が追加されたと聞きましたが?
令和8年度から、同一事業主が複数の事業場で申請する場合に年間の助成上限が設けられる見込みです。詳細は支給要領の公表を待つ必要がありますが、1事業場あたりの上限(最大600万円)とは別に、事業主全体での上限が設定される方向です。
Q5. 申請から支給までどのくらいかかりますか?
交付申請から交付決定まで約1〜2ヶ月、その後設備導入と賃上げを実施し、実績報告を経て支給決定となります。全体で6ヶ月〜1年程度を見込んでください。スタートアップは資金繰りのタイムラインに組み込む際、この期間を必ず考慮してください。






