「うちは少人数だから育休なんて無理」──スタートアップの経営者から、もう何十回この言葉を聞いたかわかりません。

結論から言うと、少人数だからこそ使える助成金があります。それが両立支援等助成金です。育休を取得した社員がいる企業に対して、最大で数十万円から100万円超が支給されるこの制度。2026年度は対象企業の範囲が300人以下に拡大され、まさにスタートアップにとって追い風の年です。

しかし、私のクライアントでも申請して不支給になるケースが後を絶ちません。年間100件超の助成金を処理していますが、両立支援等助成金の不支給事例には少人数企業ならではの共通パターンがあります。この記事では、スタートアップが陥りやすい3つの盲点を解説します。

盲点1:就業規則の「育休規程」が法律の丸写しになっている

スタートアップでよくあるのが、就業規則をテンプレートで作ってそのままにしているケースです。「育児・介護休業法の定めるところによる」という一文だけで終わっている就業規則、驚くほど多いんです。

両立支援等助成金の申請では、育児休業制度の具体的な内容が就業規則に明記されていることが要件です。休業期間、対象者の範囲、申出手続き、復職後の取り扱い──これらが個別に定められていなければ、申請書を出しても「要件不備」で返されます。

以前、シリーズBのSaaS企業から「キャリアアップ助成金を狙いたい」と相談を受けたことがありました。社員30名で就業規則は雛形のまま。結局、正社員転換規程と教育訓練規程を3週間で整備し直し、1,500万円の採択につなげました。このとき痛感したのは、就業規則は「一度作ったら終わり」ではないということ。助成金のためではなく、社内制度として機能する就業規則を整えれば、採択は副産物として付いてきます。

制度を先に整えてから申請を考える。この順番を間違えているスタートアップが本当に多いです。

盲点2:育休開始「前」の制度整備エビデンスが足りない

両立支援等助成金には「タイムライン要件」とでも呼ぶべき落とし穴があります。育休を取得する社員が出てから慌てて制度を整えても、育休開始日の前日までに就業規則の届出や社内周知が完了していなければ不支給になるのです。

特に出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)では、子の出生後8週間以内に連続5日以上の育休取得が要件です。男性社員から「来月子どもが生まれます」と言われてから動き出すのでは、もう遅い。

朝のSlack確認で「社員の奥さんが妊娠した」という報告を見つけるたびに、私は反射的にそのスタートアップの就業規則の状態を確認します。整っていれば即座に申請スケジュールを引ける。整っていなければ、急いで規程を作るところからスタートです。この差が、結局は採択と不支給を分けます。

2026年度からは対象が「中小企業」から「300人以下の企業」に拡大されました。要件は緩和傾向ですが、エビデンスの提出基準は変わっていません。「対象が広がった=審査が甘くなった」ではないことに注意してください。

盲点3:申請期限を「育休終了後」だと思い込んでいる

これは本当に痛い失敗です。育児休業等支援コースの場合、申請期限は育休開始日から起算して一定期間内に設定されています。5ヶ月以上の長期育休を取る場合、育休が終わる前に申請期限が到来するケースがあるのです。

「復職してから落ち着いて申請しよう」と考えていたら期限切れ──こういうスタートアップを何社も見てきました。少人数企業ではバックオフィス担当がひとりで経理も労務も兼務しているケースが多く、申請期限の管理が後回しになりがちです。

さらに、書類に不備があった場合の補正期間はわずか1週間。スタートアップの速度感で「来週やります」と言っている間に期限が過ぎます。

スケーラブルな人事制度を作るなら、助成金の申請期限管理もオペレーションに組み込むべきです。「育休発生→就業規則確認→申請スケジュール設定」をチェックリスト化しておけば、担当者が変わっても回せます。3年後の人事制度として残るかどうか──私が制度設計で常に問うのはこの基準です。

少人数スタートアップだからこそ「制度が先」

両立支援等助成金は、育休を「取らせたご褒美」ではありません。育休を取れる制度が整っている企業に対する支援です。この本質を理解しているかどうかで、採択率は大きく変わります。

私自身、独立3年目まで助成金案件だけで売上の8割を占めていた時期がありました。あるクライアントから「制度より助成金の話ばかりしますね」と指摘されたことが転機になり、人事制度設計をフロントに据える方針に転換しました。売上は一時減りましたが、IPO支援案件が来るようになり、結果的にLTVは10倍に。助成金は人事制度の副産物として狙うのが本筋だと、身をもって学んだ経験です。

週末にIVSやB Dashのアーカイブを倍速で見ていると、ピッチで「福利厚生充実」を謳うスタートアップが増えています。でもその裏側で就業規則が雛形のままだったりする。見た目の制度と実態が乖離していると、IPO審査で確実に指摘されます。制度を先に整えてから、助成金は後からついてくる──これがスタートアップの人事の王道です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 社員5人以下のスタートアップでも両立支援等助成金は申請できますか?

はい、申請できます。両立支援等助成金は雇用保険の適用事業所であれば企業規模の下限はありません。社員1名でも、要件を満たせば申請可能です。ただし、就業規則の届出は常時10人以上の事業場に義務付けられているため、10人未満の場合でも助成金申請のために就業規則を作成・届出する必要があります

Q2. 出生時両立支援コースの「連続5日以上」には土日も含まれますか?

所定労働日で連続5日以上の育児休業取得が要件です。土日が所定休日の場合、土日を挟んだ5日間は要件を満たしません。例えば月曜から金曜まで5日間連続して育児休業を取得する必要があります。シフト制の企業は所定労働日の数え方に注意してください。

Q3. 育児休業等支援コースと出生時両立支援コースは併用できますか?

はい、要件をそれぞれ満たせば併用可能です。男性社員の出生時育休で出生時両立支援コースを申請し、同時に育児休業等支援コース(育休取得時・職場復帰時)を申請するケースは実務上よくあります。ただし、同一の育休期間を二重カウントできない場合があるため、申請前に労働局に確認することをお勧めします。

Q4. 申請書類の不備で補正を求められた場合、どのくらいの猶予がありますか?

補正期間は原則1週間です。不備の内容によっては追加のエビデンス収集が必要になるため、最初の申請時点で書類を万全に整えておくことが重要です。特に就業規則の届出受理印や、育休復帰支援プランの策定日を証明する書類は、後から用意しようとすると間に合わないケースがあります。

参考文献