2021年採用組のカウントダウンが始まっている

朝7時にヨガマットを畳んでSlackを開くと、シリーズBのクライアントからメッセージが届いていた。「来月、エンジニア3名が入社5年になります。そのタイミングで正社員転換を考えているのですが、キャリアアップ助成金はいつ申請できますか?」

結論から言うと、「来月」では遅い。

2021年のコロナ禍採用ラッシュで有期雇用した人材が、2026年に一斉に5年を迎えている。無期転換ルール(労働契約法第18条)により、通算5年を超えた有期雇用労働者は無期転換権を持つ。そして、この転換が発生した後に正社員化すると、キャリアアップ助成金の助成額が最大で半分以下に下がる

スタートアップでよくあるのが、「正社員転換のタイミングはそのうち考えよう」という後回し発想だ。雇用の流動性が高く、戦略的な人事設計が後手に回りがちなスタートアップほど、このタイムリミットを逃しやすい構造にある。本稿では、5年ルールとキャリアアップ助成金の交差点で発生する3つの不支給・減額パターンと、その逆算設計法を解説する。

この記事でわかること
  • 有期→正社員転換(最大80万円)と無期→正社員転換(最大40万円)の支給額差
  • 5年ルールとキャリアアップ助成金の申請チャンスが交差する3パターン
  • 2021年採用組への緊急対応スケジュール

まず押さえる:有期と無期で助成額がこれだけ変わる

キャリアアップ助成金(正社員化コース)の令和8年度の支給額は以下の通りだ。

転換元の雇用形態 一般(中小企業) 重点支援対象者
有期雇用→正社員 40万円 80万円
無期雇用→正社員 20万円 40万円

有期雇用で重点支援対象者(人材開発支援助成金修了者など)に該当するケースでは1人80万円。一方、同じ社員が無期転換を経てから正社員化すると最大でも40万円になる。5名転換で差額は最大200万円だ。

この差は「転換前の雇用形態が有期か無期か」だけで決まる。5年ルールの到達日より前に正社員転換を完了させるか否か――それだけが分岐点になる。

3つの不支給・減額パターン

パターン1:5年到達後に正社員転換 → 助成額が半減する

最も多く、かつ最も損失が大きいパターンだ。

通算雇用期間が5年を超えた時点で、労働者は無期転換申込権を行使できる。申込みがあった瞬間(または申込期間内)に、その者は法律上「無期雇用労働者」に変わる。その後に正社員転換しても、キャリアアップ助成金では「無期雇用→正社員転換」として処理され、最大20〜40万円の支給区分が適用される。

典型的な失敗シーン:「来年の頭に正社員転換しよう」と決めていたが、その前月に5年を迎えた社員が無期転換申込書を提出した。就業規則に無期転換に関する規定はあるが、正社員転換規程との切り替えタイミングを社内で誰も把握していなかった。

逆算設計の原則:全社員の5年到達日をスプレッドシートで管理し、到達日の3ヶ月前には転換の意思決定をする体制を整えること。転換を先行させれば有期区分での80万円申請が維持できる。

パターン2:就業規則に更新上限規定がなく、実態として5年超を継続 → 「有期雇用の実態」が認められない

キャリアアップ助成金の対象労働者には「正規雇用労働者と異なる就業規則が適用される有期雇用労働者として6ヶ月以上雇用されていること」という要件がある。しかし、就業規則に更新上限年数の規定がなく、実態として5年を超えて継続雇用されている場合、助成金審査で「これは実質的に無期雇用と同等ではないか」と指摘を受けるリスクが生じる。

スタートアップでよくあるのが、有期雇用契約書に「契約期間:6ヶ月」と書きながら、就業規則には更新上限も合理的理由も明記されていないケースだ。IPO審査でも同じ問題が出る。有期雇用の合理的理由が就業規則に書かれていなければ、助成金審査でも労務監査でも、実態判断を求められる。

対策:就業規則に①有期雇用の合理的理由、②更新回数または通算期間の上限、③無期転換申込期間の規定を明記すること。制度を先に整えてから、転換のスケジュールを組む。

パターン3:キャリアアップ計画書と5年到達日の順序を誤る

キャリアアップ計画書は、正社員転換の「取組を実施する日の前日まで」に届出が必要だ。ここで「取組実施日=転換日」と勘違いしたまま動くと、5年到達に焦って転換を急いでも計画書が間に合わない事態が起きる。

さらに、計画書を4月に届け出てある場合でも、転換対象者の絞り込みや転換日の変更がある場合は計画書の変更届が必要になるケースもある。5年ルールの到達日ベースで転換対象者が増えた際に計画書の変更を怠ると、増加分が助成対象外になる可能性がある。

典型的な失敗:「4月に計画書を届け出たから大丈夫」と思っていたが、8月に5年到達した社員が追加で転換対象になった際、計画書の変更届を出さずに転換を実施してしまった。

2021年採用組への緊急対応スケジュール(2026年版)

2021年4月〜2021年9月に有期雇用で入社した社員は、2026年4月〜2026年9月に5年を迎える。9月以降採用組も順次到達する。以下のフローで今すぐ確認を。

  1. 全社の有期雇用社員リストと通算雇用開始日を抽出(クラウド労務ソフトから出力)
  2. 5年到達日の早い順にソート(Excelでも可)
  3. 到達日の3ヶ月前が「意思決定期限」、1ヶ月前が「計画書変更届の期限」と設定
  4. 転換するか・延長するか・別の設計をとるかを社労士と確認
  5. 転換する場合:正社員転換規程の確認→就業規則整合チェック→計画書変更届→転換→申請の順で逆算
IPO準備中の企業への追加注意点
IPO労務監査では、有期雇用の実態(合理的理由・更新記録・更新上限の有無)が必ず確認される。5年ルール到達前に正社員転換を完了させることは、キャリアアップ助成金の最大受給だけでなく、監査における「計画的な人事運用」の証明にもなる。転換率・転換時期のバラつきを合理的に説明できる記録を残しておくことが重要だ。

重点支援対象者要件③の連携設計も忘れずに

5年到達前に転換を実施しても、重点支援対象者に該当しなければ助成額は40万円止まりだ。重点支援対象者要件③「人材開発支援助成金(リスキリング支援コース)の訓練修了者」との連携設計を組み込めば、80万円を狙える。

ただし、令和8年度がリスキリング支援コースの最終年度のため、計画届の提出は2026年中に完了させる必要がある。5年到達日の逆算と、研修計画届の提出スケジュールを同時に組み立てるのが、この時期の最適解だ。

まとめ

無期転換ルールとキャリアアップ助成金の交差点は、スタートアップが最も見落としやすい時間軸の問題だ。「人事制度を後で整える」という発想が、最大200万円(5名転換時)の助成金の取り逃しと、IPO審査でのリスクを同時に生む。

制度を先に整えてから転換スケジュールを組む。この順番を守るだけで、5年ルールは「リスク」ではなく「タイムリミット付きの助成金設計のトリガー」に変わる。2021年採用組への対応は、今月中に着手してほしい。


よくある質問(FAQ)

Q1. 5年ルールで無期転換した社員を正社員化した場合、キャリアアップ助成金は一切もらえないのですか?

受給できます。ただし、助成額の区分が「無期雇用→正社員転換」の区分になります。重点支援対象者非該当の場合は20万円、重点支援対象者に該当する場合は40万円となり、有期区分(40万円〜80万円)より低くなります。

Q2. 無期転換申込権が発生しても、申込をしなければ有期区分のままですか?

はい。無期転換権はあくまで労働者の権利であり、申込がなければ転換は発生しません。ただし、申込権発生後に会社が「無期転換した扱い」で労働条件を変更した場合は実態として無期転換と判断されます。書面上の有期契約と運用実態を一致させることが必須です。

Q3. 有期雇用の更新上限(たとえば「最長5年」)を就業規則に設ける場合、本人の合意は必要ですか?

既存の有期雇用社員に対して後から上限を設ける場合は、不利益変更として個別同意が必要になるケースがあります。新規採用者に対しては採用時の労働条件通知書に明記することで対応できます。既存社員への適用は社労士と設計を相談してください。

Q4. キャリアアップ計画書は年度ごとに届け直す必要がありますか?

一度届け出た計画書は有効期間内(3〜5年)は維持されます。ただし、転換コースの追加・転換対象者の大幅な変更がある場合は変更届が必要です。5年到達者が増えた際に対象者数が変わる場合は変更届の要否を確認してください。

Q5. フリーランスから一度有期雇用にして3ヶ月後に正社員化する、いわゆる「短期有期化」は問題ありませんか?

最低6ヶ月の有期雇用継続が要件のため、3ヶ月は対象外です。また、フリーランス(業務委託)期間も「事業主との雇用関係があった期間」として3年ルールの対象になる可能性があります。フリーランスからの正社員化は別途設計が必要なケースが多いため、個別に確認してください。


参考文献