「そろそろ計画書を作ってください」——。顧問税理士からそう言われた経営者が最初に迷うのが「何をどう書けばいいのか」だ。事業承継計画書は法定様式が統一されておらず、記載項目も目的によって異なる。さらに厄介なのが、同じ計画書を金融機関にも提出するケースで、銀行が見るポイントは税理士が重視する内容と根本的に違うという点だ。

融資審査の目線で言うと、計画書の「文章の質」より先に数字の3つのラインが確認される。このラインを外していると、後継者への思いがどれほど熱く書かれていても審査のテーブルに載らない。本稿では、メガバンク融資課での審査実務を踏まえ、事業承継計画書を金融機関への提出まで一本化するフレームワークを解説する。

事業承継計画書とは何か——4つの用途と求められる深度

事業承継計画書は「誰に・何を・いつ・どのように引き継ぐか」を書面化したものだ。以下の場面で提出が求められる。

  • 事業承継税制(特例措置)の申請:特例承継計画として都道府県に提出。提出期限は2027年9月30日、贈与実行期限は2027年12月31日
  • 日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」:現経営者と後継者が共同で作成した計画書が融資要件。計画書なしでは申請不可
  • 金融機関(銀行・信用金庫)への提出:承継後の追加融資審査・格付け更新時に求められる
  • 事業承継引継ぎ支援センターへの相談:相談効率を高めるために持参が推奨される

どの用途であれ、金融機関提出を念頭に置くなら5年PL(損益計画)を軸にした定量設計が最重要だ。「計画書は一枚の定性文書で十分」という認識のまま銀行に持ち込んでも、審査部で即差し戻しになる。

銀行が「最初に確認する3つの数字」

メガバンク融資課では、承継案件の稟議書が回ってくると、定性情報を読む前に3つの数字を確認する。この3つを外した計画書は、どれほど内容が充実していても読まれずに差し戻し候補になる。

① DSCR(Debt Service Coverage Ratio):1.2以上

DSCRは「年間の事業収益が借入返済額の何倍あるか」を示す指標だ。

DSCR =(経常利益 + 減価償却費)÷ 年間返済額

事業承継直後は退職金・株式買取・設備投資が重なり、DSCRが最も低下しやすいタイミングだ。銀行の「正常先」維持の最低ラインは1.2。これを割ると「要注意先」に格付けされ、追加融資枠が消失する悪循環に入る。

【試算例】年商3億円・経常利益率4%モデル

実質CF:経常利益1,200万円 + 減価償却500万円 = 1,700万円

退職金5,000万円(7年返済)の年返済:714万円
→ DSCR = 1,700万 ÷ 714万 = 2.38(合格)

退職金5,000万円 + 設備投資2,500万円(5年返済)の合算年返済:1,214万円
→ DSCR = 1,700万 ÷ 1,214万 = 1.40(1.2以上を維持)

さらに賃上げ要件3.5%(人件費1.35億円×3.5%=472万円)を加味:実質CF 1,228万円
→ DSCR = 1,228万 ÷ 1,214万 = 1.01(危険水域)

退職金・設備投資・賃上げコストが重なると1年目にDSCRが1.0割れに近づく。計画書には少なくとも5年間のDSCR推移を記載し、すべての年度で1.2以上を維持できる設計であることを示す必要がある。

② 自己資本比率:15%以上

自己資本比率は「総資産に占める純資産の割合」で、企業の財務健全性を示す。承継時の退職金支給(損益計算書の特別損失として計上)で純資産が急減するため、承継年度の自己資本比率は特に要確認だ。

銀行の内部格付けで「正常先」を維持するための目安は15%以上。これを下回ると「要注意先」への格付けダウンが発生し、既存融資の金利見直しが入る。退職金5,000万円を一括支給すると、自己資本が年商3億円モデルで35%→14%に急落するケースもある。

③ 手元資金:月商1ヶ月分以上

補助金の精算払いを活用する場合、立替期間中に手元資金が急減する。補助金申請・承継費用・運転資金が重なるタイミングで月商1ヶ月分(年商3億円なら2,500万円)を割ると、銀行の審査部は「経営の危険信号」として記録する。

計画書には12ヶ月の月次キャッシュフロー表を添付し、最低点でも月商1ヶ月分を確保できることを示すのが望ましい。

事業承継計画書に必ず記載すべき7項目

金融機関提出を前提とした計画書の骨格は以下の7項目で構成される。それぞれの記載粒度を意識してほしい。

1. 現状の事業概要と財務サマリー(3期分)

会社概要(設立年・資本金・従業員数・主要事業)に加え、直近3期の売上・経常利益・DSCR・自己資本比率を一覧表で示す。PLの構造を見ると、現在の返済余力と承継後のリスクが即座に分かる。審査部が最初に参照する部分なので、数字の根拠となる決算書コピーも添付する。

2. 承継の背景と目的

なぜ今承継するのか(先代の年齢・健康・事業環境の変化)、誰に承継するのか(後継者の属性・経歴)、親族承継かM&Aかのスキームを明記する。スキームが未定の場合でも仮決定を記載し、変更可能性を注記する。スキームが未定のまま銀行に相談すると、定性評価でマイナスが入るケースがある。

3. 後継者のプロフィールと育成計画

後継者の職歴・現職での実績・習得スキルを簡潔に記載する。「先代の経営とどう変わるか」を定性的に書くと同時に、就任後1年以内の経営改善数値目標(売上○%増・利益率○%改善)を入れると銀行の心証がよくなる。

4. 承継スキームと法的手続きのスケジュール

株式譲渡・贈与・相続のいずれか、特例承継計画の提出有無、自社株評価の算定スケジュールを月次で記載する。2027年12月31日の贈与実行期限から逆算した月次スケジュールが銀行に評価される。

5. 承継コストの全体像と資金計画

退職金・株式取得費用・専門家費用・設備投資の4費目を積み上げ、補助金カバー分と自己負担を明示する。調達先(公庫・民間銀行・信用保証協会)と返済期間・想定金利を記載する。この項目がないと融資審査の稟議書に「全体像が不明」として差し戻しになる。

6. 5年PLと資金繰り計画(最重要)

退職金・設備投資・賃上げ要件・金利ストレスを統合した5年PLを作成する。銀行提出用は金利+1.0%のストレスシナリオを別シートで提示するのが望ましい。2026年8月に日銀が政策金利1.0%に到達した今、銀行の審査部は必ずこのシナリオで試算する。

7. 経営者保証の整理方針

先代の個人保証の引き継ぎ・解除の方針を明記する。二重保証が残るとDSCR以外の定性評価でもマイナスが入る。承継後3ヶ月以内の事業承継特別保証(保証料率最大0.2%)への借り換えスケジュールを記載する。期限は承継日から3年以内。

5年PLを正しく設計する3ステップ

銀行が融資可能と判断する5年PLは、楽観的な成長シナリオではなく「最悪の場合でも返済できる」保守ベースケースが前提だ。銀行員時代に1,000件以上の審査を担当した経験から言うと、採択される計画は構造で決まる——事業計画書の熱量ではない。

Step 1:退職金をDSCR逆算で設計する

退職金は「法人税上の損金+株価引き下げ効果」から逆算するのが一般的だが、銀行審査ではDSCR1.2維持ラインから逆算した上限金額が正しい起点だ。

年商3億円・経常利益率4%のモデルで計算すると:

  • 実質CF:1,700万円(経常利益1,200万+減価償却500万)
  • 賃上げ3.5%コスト(年472万円)を差し引き:調整後CF 1,228万円
  • DSCR1.2維持には:年間返済額上限 = 1,228万 ÷ 1.2 = 1,023万円
  • 退職金を7年返済にするなら:安全な退職金上限 = 1,023万円 × 7年 = 約7,160万円

税理士が株価引き下げ効果を最優先に退職金を設計すると、この上限を超えるケースがある。退職金額はDSCRの逆算で先に上限を決め、その範囲内で株価引き下げを最大化する順序が正しい。

Step 2:設備投資の時期を承継後1〜2年に後ろ倒しする

退職金支給と設備投資を同一年度に実施すると、自己資本比率の急落とDSCRの二重圧縮が重なる。過去に事業再構築補助金で1億円の採択を受けた案件で、設備投資と承継コストが同一年度に集中し、3年目にキャッシュ枯渇寸前まで追い込まれたことがある。補助金が大きいほど財務設計の難易度は跳ね上がる。

設備投資は承継の1〜2年後に後ろ倒しにするのが原則。承継年度に設備投資が不可避な場合は、事業承継・M&A補助金(事業承継促進枠・上限800万円)を先に申請し、自己負担を圧縮してから5年PLに反映する。

Step 3:金利+1.0%ストレスシナリオを最初から組み込む

銀行はここを見ている——2026年8月の日銀1.0%到達を踏まえ、審査部は変動金利の+1.0%上昇シナリオで必ずDSCRを再試算する。銀行提出用PLに最初からストレスシナリオを組み込むことで「先読みしている経営者」という心証が形成され、稟議が通りやすくなる。

【金利ストレスの影響試算】年商3億円モデル

既存借入1億5,000万円に変動金利+1.0%上昇:年間利息増加 約150万円
賃上げ3.5%(年472万円)との複合:DSCRへの影響 約▲0.3ポイント
ストレス前DSCR 1.40 → ストレス後 1.10(1.2ラインを割り込む可能性)

この場合の対策は、株式買取資金を公庫の固定金利(最長10年)で調達し、民間銀行の変動金利リスクを遮断する役割分担設計だ。固定金利は変動より0.3〜0.5%高いが、5年間の金利上昇リスク吸収の保険料として財務的に合理的だ。

よくある3つの失敗パターン

パターン①:退職金と株式取得を同年度に集中させてBS毀損

退職金5,000万円を承継年度に一括支給し、同年に後継者が株式を5,000万円で買い取るケース。合計1億円がBSから流出し、自己資本が年商3億円モデルで35%→6%に急落する。銀行の内部格付けは即「要注意先」に変わり、追加融資の与信枠が消失する。

対策は退職金の分割支給(3〜5年分割で年度別に損金算入)と、後継者の株式買取資金は公庫の事業承継・集約・活性化支援資金(運転資金最長10年・据置5年)を充てる役割分担設計だ。

パターン②:補助金用と銀行用で事業計画の「二重計画」を作る

補助金コンサルが提案する10%売上成長と、銀行に提出した3%成長が乖離し、融資審査で差し戻しになるケースだ。審査部は両計画を突き合わせて矛盾を指摘する。銀行向け保守ベースケースPLを先に作り、補助金申請書にそのまま転記するのが鉄則だ。一本化することで補助金審査でも銀行審査でも説明が一貫する。

パターン③:経営者保証の整理を「承継後に考える」と先送りにした

先代の個人保証を承継後の課題として先送りにすると、事業承継特別保証(承継日から3年以内限定)の期限が過ぎる。期限後は借換えができず、保証料率の差額(借入残高1億円で年間80万円・5年で400万円)がCFを圧迫し続ける。さらに、二重保証が残ったままだと追加融資の申請で定性評価がマイナスになり、与信枠が実質ゼロになるケースがある。保証整理は承継後3ヶ月以内に着手が鉄則だ。

まとめ:計画書は「銀行が貸せると判断する財務設計書」

事業承継計画書は後継者の思いを語る場ではなく、銀行が融資可能と判断するための財務設計書だ。DSCR・自己資本比率・手元資金の3つのラインを外さず、5年PLに退職金・設備投資・賃上げコスト・金利ストレスを統合する。この設計が固まってから、補助金申請書・税理士への相談・センターへの持参資料を作ると、手戻りが最小化される。

2027年12月31日の贈与実行期限まで残り約16ヶ月(2026年8月現在)。自社株評価算定(3〜6ヶ月)・銀行事前相談・特例承継計画提出を並列で進めるスタートラインは今だ。

よくある質問(FAQ)

Q1. 事業承継計画書に公式のフォーマットはありますか?
法定様式はありませんが、日本政策金融公庫の「事業承継計画書」雛形と中小企業庁の「特例承継計画」書式の2種類が実務でよく使われます。金融機関への提出は自社作成でも問題ありませんが、5年PLとキャッシュフロー表は必ず添付してください。
Q2. DSCRが1.2を下回る場合、計画書を提出しても意味がありませんか?
DSCR1.0以上であれば提出する価値はあります。ただしDSCR1.0〜1.2のゾーンでは審査部がストレスシナリオ(金利+1.0%・売上50%減)で再試算します。経営承継円滑化法の設備資金20年返済(DSCR改善効果+0.35ポイント程度)や事業承継特別保証への借換えを組み合わせた計画を提示することで、審査を通過するケースがあります。
Q3. 計画書を税理士と二人で作れば十分ですか?
税理士の専門領域は税務最適化(株価引き下げ・退職金の損金算入)であり、銀行融資審査の視点は異なります。計画書の作成は税理士・銀行担当者・補助金コンサルの三者同席キックオフ(90分)で方向性を合わせてから進むと手戻りが最小になります。銀行への事前相談は申請2〜3ヶ月前が最適タイミングです。
Q4. 計画書はいつ時点の財務数字を使えばいいですか?
直近3期の決算書をベースにします。決算から1年以上経過している場合は直近の試算表も添付します。自社株評価に使う財務数字と5年PLの起点数字が一致するよう、税理士と確認してから作成してください。数字が乖離していると審査部から「整合性なし」として差し戻しになります。
Q5. 公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」は計画書なしでも申請できますか?
申請できません。公庫のこの資金は現経営者と後継者が共同で策定した「事業承継計画書」の提出が融資要件です。計画書の作成を省略できる代替制度はないため、金融機関への事前相談と並行して計画書作成を進めることをお勧めします。

参考文献・公式情報

  • 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)の前提となる認定に関する申請手続関係書類」(2026年)
  • 日本政策金融公庫「事業承継・集約・活性化支援資金」各種書式ダウンロード(国民生活事業)
  • 中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」2022年
  • 金融庁「経営者保証に関するガイドライン特則」(事業承継時における二重徴求の原則禁止)