結論から言うと、両立支援等助成金「育児休業等支援コース」はスタートアップにとって最も取りこぼしやすい助成金の一つです。育休取得時に最大36万円、職場復帰時に最大36万円、合計で最大72万円。金額だけ見れば「やらない理由がない」のに、私のクライアントでも申請にたどり着けないケースが後を絶ちません。

スタートアップでよくあるのが、「育休が始まってから助成金のことを知った」というパターンです。育休は社員のライフイベントとして突然やってくる。バックオフィスが経理と労務を兼務している少人数体制では、助成金の存在自体を認知するタイミングが遅れます。

この記事では、私が実務で繰り返し目にしてきた3つの不支給パターンを整理します。

前提:育児休業等支援コースの概要(令和8年度)

まず制度の基本を押さえておきましょう。両立支援等助成金「育児休業等支援コース」は、中小企業事業主が対象です。スタートアップの多くは従業員数の要件を満たすため、申請資格自体はクリアしやすい制度です。

区分支給額生産性要件クリア時
育休取得時28.5万円36万円
職場復帰時28.5万円36万円

1年度あたり、無期雇用・有期雇用から各1人ずつ、計2人まで申請可能です。支給要件の中核は以下の3点です。

  1. 育休復帰支援プランを策定し、プランに基づく措置を実施すること
  2. 対象労働者に連続3か月以上の育児休業を取得させること(産後休業と合わせて3か月以上でも可)
  3. 就業規則に育児休業制度・育児のための短時間勤務制度が規定されていること

パターン1:申請期限の「起算日」を間違える

これが最も多い不支給パターンです。

育休取得時の申請期限は、育児休業開始日から3か月経過した日の翌日から2か月以内です。たとえば2026年4月1日に育休を開始した場合、申請可能期間は2026年7月2日〜9月1日となります。

ここで致命的なミスが起きます。バックオフィス担当者が「育休が終わってから申請すればいい」と思い込んでいるケースです。

以前、クライアントのスタートアップ(社員15名)で男性社員が育休を5か月取得したことがありました。バックオフィス担当が経理と労務を兼務しており、「育休終了後にまとめて申請するつもりだった」と。ところが育休取得時の申請期限は育休開始から起算されるため、育休終了を待っていたら期限を過ぎていたのです。

制度を先に整えてから動くのが鉄則ですが、申請期限だけは「整える」以前にカレンダーに入れておく必要があります。

対策:育休発生→即カレンダー登録

  • 育休開始日が確定した時点で、開始日+3か月+1日をカレンダーに登録する
  • 職場復帰時は、育休終了日+6か月+1日が起算日
  • 少人数企業ほど、この期限管理をSlackリマインダーやカレンダー通知で自動化すべき

パターン2:「育休復帰支援プラン」を策定していない

育児休業等支援コースの支給要件には、育休復帰支援プランの策定が含まれています。これは単なる「育休中の業務分担表」ではなく、厚生労働省が定める所定の様式に沿ったプランです。

具体的には、以下の内容を含むプランを育休開始前に策定し、対象労働者に周知する必要があります。

  • 対象労働者の育休取得までのスケジュール
  • 育休中の業務の引き継ぎ計画
  • 育休中の情報提供に関する計画
  • 復帰後の働き方に関する計画

スタートアップでよくあるのが、「Slackで『育休入ります、業務はAさんに引き継ぎます』と共有しただけ」で終わっているパターンです。これではプラン策定要件を満たしません。

朝のヨガの後にSlackを開いて、クライアントから「育休の社員が出たので助成金を申請したい」と連絡が来ることがありますが、プランを策定していない時点で、もう育休取得時の申請はかなり難しい。育休開始にプランが策定されている必要があるからです。

対策:就業規則に「育休復帰支援プラン策定」をフロー化する

  • 妊娠報告→人事面談→プラン策定→プラン周知→育休開始、の流れを就業規則の運用マニュアルに組み込む
  • 厚生労働省の育休復帰支援プランの様式をテンプレートとして社内に常備しておく
  • 社労士と顧問契約がある場合は、妊娠報告のタイミングで社労士にも即連絡するオペレーションを入れる

パターン3:就業規則が育児介護休業法の最新改正に未対応

これは2025年〜2026年にかけて特に多発しているパターンです。

育児休業等支援コースの申請には、就業規則に「育児休業制度」と「育児のための短時間勤務制度」が規定されていることが必要です。そして、その規定は最新の育児介護休業法に準拠していなければなりません。

2025年の育児・介護休業法改正は4月と10月の2段階で施行されました。

施行時期主な改正内容
2025年4月子の看護休暇の対象拡大(小学3年生まで)、テレワークの努力義務化、残業免除の対象拡大(就学前まで)
2025年10月「柔軟な働き方選択制度」の義務化(5つの選択肢から2つ以上を就業規則に明文化)

IPO準備中のクライアント3社の労務監査を実施した際、2025年4月改正には対応済みだったのに、10月施行分の「柔軟な働き方選択制度」義務化への就業規則改定を後回しにしている企業が約7割でした。法改正の段階施行では後半の対応が後回しにされやすいのです。

就業規則が法改正に未対応のまま助成金を申請すると、申請書類の審査段階で不備として差し戻されるか、最悪の場合は不支給決定を受けます。

対策:法改正対応と助成金申請は表裏一体

  • 就業規則の育児介護休業規程が2025年10月改正(柔軟な働き方選択制度)に対応しているか確認する
  • 対応していない場合は、助成金申請に就業規則を改定する
  • 就業規則の法改正対応と助成金申請要件は表裏一体。制度整備を先行させれば助成金は副産物として付いてくる

スタートアップが「育児休業等支援コース」で失敗しないための3ステップ

結論から言うと、この助成金は「育休が発生してから準備する」のでは間に合いません。以下の3ステップを、社員が誰も育休を取っていない今の段階で整えておくことが重要です。

  1. 就業規則の法改正対応を完了する:2025年10月改正の「柔軟な働き方選択制度」を含め、最新の育児介護休業法に準拠した規定にする
  2. 育休復帰支援プランのテンプレートを社内に常備する:厚生労働省の様式をダウンロードし、人事担当者(兼務でも)がすぐに記入できる状態にする
  3. 申請期限のオペレーションをフロー化する:「妊娠報告→プラン策定→育休開始→期限カレンダー登録→申請」の一連の流れを、Slackのワークフローやスプレッドシートで管理する

スタートアップの人事制度は「後から整える」発想になりがちですが、助成金は「先に制度を整えたところにお金が付いてくる」仕組みです。スピード勝負の環境だからこそ、制度の整備は早めに済ませておくのが最適解です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 育児休業等支援コースは大企業でも申請できますか?
A1. いいえ、中小企業事業主のみが対象です。業種ごとに従業員数・資本金の基準が異なりますが、スタートアップの多くは中小企業に該当するため申請資格を満たします。
Q2. 育休取得時と職場復帰時の両方を同時に申請できますか?
A2. 同一労働者の同一の育児休業について、育休取得時と職場復帰時はそれぞれ別のタイミングで申請します。育休取得時は育休開始から3か月経過後、職場復帰時は育休終了から6か月経過後に申請期間が始まります。
Q3. 男性社員の育休でも申請できますか?
A3. はい、男女を問わず申請できます。ただし、出生時両立支援コース(男性の育休取得促進)とは別のコースですので、要件の混同に注意してください。育児休業等支援コースは連続3か月以上の育休が要件です。
Q4. 育休復帰支援プランは社労士に作ってもらう必要がありますか?
A4. 社労士への依頼は必須ではありません。厚生労働省が様式を公開しているため、自社で作成可能です。ただし、助成金の支給要件を満たすプランにするためには、記載内容の過不足を専門家にチェックしてもらうことを推奨します。
Q5. 就業規則の法改正対応が間に合わない場合、助成金申請後に改定しても大丈夫ですか?
A5. いいえ、就業規則の改定は助成金申請前に完了している必要があります。申請書類の審査で就業規則の内容が確認されるため、法改正未対応の場合は不備として差し戻されます。

参考文献