「後継者がいないので、廃業の補助金が出るなら畳もうかと思っています」。融資審査の目線で言うと、この相談は順番が逆です。補助金の上限額は廃業の費用の一部にすぎず、まず比べるべきは「廃業した場合」と「承継した場合」の5年間の手残りだからです。

本記事は、後継者不在で廃業と承継のどちらにするか迷っている年商3億円前後の中小企業経営者向けです。仮想モデルで両者を比較し、廃業補助金が判断を歪める3つの理由を整理します。なお、数値はすべて説明用の仮定であり、実在の企業のものではありません。

先に押さえる制度の事実:廃業・再チャレンジ枠

中小企業庁の「事業承継・M&A補助金」には、廃業・再チャレンジ枠があります。検索で確認できた範囲では、令和8年度の第15次公募(受付は令和8年6月19日〜7月24日)で、補助率は2/3または1/2、補助上限は300万円でした。対象経費は廃業支援費、在庫廃棄費、解体費、土壌汚染調査費などです。

以前の回(令和7年8月公表の第12次)では上限が150万円だったため、回ごとに条件が変わります。公募回ごとに上限・要件・受付期間が異なるため、申請前に必ず最新の公募要領を確認してください。私は公式ページ(中小企業庁の公募ページ)を直接開けなかった回の数字は載せていません。

ここで押さえたいのは、補助上限が300万円という「規模感」です。年商3億円の会社が廃業すると、費用と損失は数千万円単位になります。補助金は全体の1割程度を和らげるにすぎません。

仮想モデル:年商3億円の製造業

項目数値(仮定)
年商3億円
営業利益1,200万円
減価償却費600万円
借入残高1億円(経営者の個人保証あり)
年間元利金返済額1,300万円
従業員15名

DSCRは(営業利益+減価償却)÷年間元利金返済額なので、(1,200+600)÷1,300=約1.38です。銀行から見れば、返済余力がある健全な会社です。「儲かっていないから廃業」ではなく、「継ぐ人がいないから廃業」という典型例です。

シナリオA:廃業した場合の5年

廃業時のお金の流れを、次の仮定で組みます。

  • 設備・在庫・不動産などの換金額:8,000万円(帳簿より低い処分価格)
  • 解体・在庫廃棄・原状回復・専門家費用:1,500万円
  • 従業員への退職金・解雇関連の支払い:1,000万円
  • 借入返済:1億円

換金額8,000万円から、廃業費用2,500万円と借入1億円を引くと、マイナス4,500万円です。再チャレンジ枠の補助が上限300万円(補助率次第ではそれ未満)出ても、残る不足は約4,200万円になります。この不足分は、個人保証を入れている経営者が自宅や預金で埋める構図です。

PLの構造を見ると、年間1,800万円(営業利益+減価償却)を生んでいる事業を止めた結果、5年間で9,000万円のキャッシュ創出機会を手放し、さらに数千万円を持ち出す形になります。

シナリオB:第三者承継(M&A)・従業員承継をした場合の5年

同じ会社を第三者や従業員に渡す場合を考えます。譲渡対価は、事業の稼ぐ力から見て仮に営業利益の3〜4年分、つまり3,600万〜4,800万円と置きます(株式価値の算定は案件ごとに大きく変わるため、あくまで仮置きです)。

  • 借入1億円は、買い手に引き継がれるか、対価から返済されます
  • 経営者保証は、条件交渉で解除または引継ぎ
  • 従業員15名の雇用は維持

この場合、経営者は4,000万円前後の対価を受け取る側に回る可能性があります。シナリオAのマイナス約4,200万円との差は、8,000万円超です。もちろん買い手が見つかる保証はありません。ただ、比較の前提は「補助金の額」ではなく「事業が生むキャッシュに値段が付くか」です。

廃業補助金が判断を誤らせる3つの理由

理由1:補助上限が「全体費用の1割」だと気づかない

上限300万円という数字は、見出しで目に入りやすいものです。しかし上のモデルでは、廃業費用2,500万円に対しても、借入不足を含む総負担4,500万円に対しても小さな割合です。補助金があるから廃業のハードルが下がる、という考え方は、財務上は成立しません。

理由2:事業の稼ぐ力を「売却価値」として見ていない

銀行はここを見ています。DSCRが1.3台で、営業利益が安定している会社は、買い手から見ても魅力があります。逆に、廃業を決めてから設備を売ると、処分価格で叩かれます。廃業を先に決めると、承継の選択肢が消えるという点も見落とされがちです。

理由3:個人保証の処理を後回しにする

廃業では、会社の資産で借入を返しきれない場合、不足分は保証人である経営者に及びます。承継では、保証の解除や引継ぎを交渉できます。この差は5年スパンで見ると、老後の資金計画そのものを変えます。

判断のための3ステップ

  1. 直近3期のPLでDSCRを計算する。1.2以上あれば、承継の対象になりうる水準です。
  2. 廃業した場合の「清算バランスシート」を作る。換金額を処分価格で見積もり、費用と借入を引いて、個人負担額を出します。
  3. 承継の打診を、廃業の決断より先に行う。事業承継・引継ぎ支援センターは全国47都道府県にある公的窓口で、相談は無料です。民間のM&A仲介を使う場合のセカンドオピニオンにもなります。ただし、地域によって候補先の登録数に差があり、希望通りの相手が見つかるとは限りません。

朝5時に決算書を分析していると、廃業を考える社長の決算が悪くないケースは意外に多いのです。数字が良いうちに動くほど、選択肢は残ります。

よくある質問

廃業・再チャレンジ枠は、承継を試して失敗してからでも使えますか?

公募回ごとに申請の要件や併用の区分が定められています。検索で確認できた範囲でも、併用申請の区分が別に設けられています。要件は変わるため、最新の公募要領で確認してください。

赤字企業でも承継の対象になりますか?

赤字でも、取引先、技術、許認可、従業員といった経営資源に価値があれば検討余地はあります。ただし、買い手の評価は低くなりやすく、金額面は厳しくなります。まず公的窓口で相談するのが現実的です。

廃業の費用は、いくら見ておけばいいですか?

業種や設備、不動産の有無で大きく変わります。本記事の2,500万円は説明用の仮定です。自社の見積もりを専門家から取り、換金額と借入残高を並べて確認してください。

経営者保証は承継で必ず外れますか?

必ず外れるとは限りません。買い手や後継者との交渉、金融機関の判断によります。承継の話を進める際は、保証の扱いを早い段階で金融機関と詰めておくことが重要です。

まとめ

廃業補助金の上限は、廃業の総負担に比べれば小さな金額です。判断の軸は、補助金の有無ではなく、5年間の手残りの比較に置いてください。DSCRが維持できているうちに、承継の打診を先に行うことをお勧めします。

参考文献